おはようございます。
ティーチャーズ代表、
「まいんどふる・きっちん」の
中場牧子です。
「瞑想」というと、多くの人が
「無我の境地」になったり
「解脱」したりすることだと
思っています。
でも、もちろん、
その前に何段階もあるんですね。
幼稚園生がいきなり大学院には
行けないように、
もちろん瞑想だって
スピリチュアルな訓練が必要です。
そのために、ヨガの瞑想でも
仏教の瞑想でも、
様々なテクニックを習得したり、
環境づくりであったりと
準備段階を設けています。
たまに瞑想の天才がいるそうですが、
たいていの人は時間をかけて
練習する必要があります。
流派によって違いはあれど、
全体としていえるのは
初歩の段階では、
「集中⇒気づき」という流れが
とても大切だということです。
例えば、この写真。
そのために、ヨガの瞑想でも
仏教の瞑想でも、
様々なテクニックを習得したり、
環境づくりであったりと
準備段階を設けています。
たまに瞑想の天才がいるそうですが、
たいていの人は時間をかけて
練習する必要があります。
流派によって違いはあれど、
全体としていえるのは
初歩の段階では、
「集中⇒気づき」という流れが
とても大切だということです。
岩の上にブッダの座像が
置かれています。
そこにピントを合わせることで、
背景はボンヤリしていきます。
瞑想はこのような意識状態を
キープすることで
心を集中させていきます。
一点に集中することで、
他のものはあえて切り捨てるのです。
私たちの心は、
あれもこれもに集中することは困難なので、
まずは一つに集中、というわけです。
切り捨てることで
ブッダの座像にフォーカスすることが
簡単になります。
そして、この小さな範囲に限定して
気づきの精度を高めていくのです。
色、素材、質、大きさ、感触、温度etc...。
少なくとも、
大きな範囲全体を見渡すよりは、
小さな小さなエリアをじっくりと
観察することで気づくことは容易です。
こうやって何度もリハーサルすることで
集中力を養います。
そして最終的には、
このテクニックを
実生活に応用し、気づきの範囲を
広げていくのです。
「玉葱を炒める事に集中していたら、
時間の経過と共に変化する音、香り、色を
今まで以上に鮮明に感じ取ることができ、
更にイラッとしていた気持ちが穏やかに(笑)」
つまり、棚橋先生は
意図していなかったにせよ、
玉ねぎに集中することで
結果としてネガティブな心の反応を
切り捨てることに成功した、
というわけですね。
通常、私たちは
一人の人が話すのを聞くことで
精一杯です。
もしくは、一人の人が話すことすら、
正確に聞いていないことは
よくあることです。
そのために、
カウンセラーは「傾聴」という
訓練を受けます。
傾聴とは、「深いレベルで、
相手を理解し、
気持ちを汲み取り、
共感する」聴き方のことです。
会話する相手の話しに
集中して聞くんですね。
聖徳太子のエピソードで
「10人が同時に話すことを聞けた」と
いうものがあります。
私は、これに関して、
聖徳太子は瞑想によって
気づきの範囲が広がっていたのでは
ないかと思っています。
(今風に言えば、
夢殿は瞑想スペース?)
複数の人が話すことを
ちゃんと聴くことができれば、
それだけ気づきの範囲が
広いと言えます。
それではこのあたりでまた今度!
いつでも
「まいんどふる・きっちん」に
いらしてくださいね。
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